地震生活1日目 ~3月11日地震発生初日~

3月 17, 2011 · Posted in 災害 
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 ご存じの通り、3月11日、東北地方を中心に大地震が発生しました。

私の住んでいる宮城県も甚大な被害を被りました。私は高台のほうに住んでいる為、家屋が破壊される事は無かったのですが、震災から数日の間はライフラインが途切れ、このような経験は生涯で初めてでしたので覚えている事を中心にブログに書いていこうと思います。

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 11日~14日までの間このサイトにアクセスできなかったかと思いますが、数日間の停電により、自宅に設置してあるサーバーは停止したままでした。現在は完全に復旧しております。

マグニチュードの事

 この地震が発生した直後、マグニチュードが8.8と発表されましたがその後に9.0と訂正されました。
数字では0.2の違いで大きな違いは無いように見えますが、マグニチュードはデジベルと同じように対数で表されますので、0.2の増加といえどこれは大変な事なんです。今回のケースですと当初の発表と後の発表では2倍もの差があったことになります。
 参考までに、マグニチュードが0.1上がるごとに、エネルギー量はおよそ1.4倍増加します。マグニチュードが1違えば地震のエネルギーは約32倍もの差があることになります。マグニチュードが2違うとエネルギー量は1000倍も違う事になります(!)

3月11日 地震発生初日
 私は自宅のパソコンに向かい適当に業務をこなしつつSkypeで知人と通話をしている最中でした。突然軽い揺れが始まりましたので、「あ。地震だ。ちょっとまって」といい様子をみていました。普段から地震の多い宮城県に住んでいる私は「ま、しばらくすれば収まるだろう」という軽い気持ちで引き続きパソコンに向かっていました。しかし私の予想は外れ、徐々に激しい揺れに変わりました。そして私の座っている椅子の横にある家具が私の頭めがけて転倒してきたのです。私は咄嗟にその家具を両手で必死に押さえ、なんとか頭への直撃は免れましたがそのまま家具は私を押し倒し、私の使っていたパソコンにも直撃しました。その瞬間パソコンの電源が落ちました。停電でした。
 私は過去に震度6程度の地震は何度も経験しましたが、部屋の家具が実際に転倒してきたのはこれが初めてで、そのときは無意識に手が家具を必死に押さえていました。怪我をするとかしないとか、死ぬとか死なない、とかそういうことは全く頭に無く、ただ無意識に身を守ろうとしていました。
倒れて落ちてきた家具の一部
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 これはただ事ではない、そう思った私はとりあえず心を落ち着けるために水を飲みました。このときはまだ断水していませんでした。
 揺れが治まった後、私にこみ上げてきた感情は恐怖ではなく「怒り」でした。実は私は自宅の音楽製作設備の機材を新調するために、サウンドハウスに機材をいろいろと発注しており、その置き場を確保するために部屋を片付けていた直後だったのです。
 ところが、この地震の糞野郎は私の部屋をめちゃくちゃにし、棚の機材をすべて床に叩き付け、楽しみにしていた機材の新調も延期、となってしまったのです。皮肉な事にサウンドハウスから機材が届いたのは地震発生の数10分前でした。
本来ならここに機材やらモニタースピーカーなどが置かれているのだが・・・
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すべて落ちた・・・ラックマウントのケースを買っておくべきだった。

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今回の地震は私の大切にしていた「まことちゃん」のコミック(もちろん復刻版ではない)をも引き裂いた!
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テレビが付かない
 私は日常、テレビをまったくといっていいほど観ません。しかし地震の時は違います。地震が来て真っ先に確認するのがネット上の地震情報とテレビです。ネット上の地震速報は地震発生直後にサーバーにアクセスが集中するためか繋がりにくくなります。しかしテレビならそのような事もなく、すぐに確認ができます。しかしすでに停電してしまった為、テレビはもはやただの箱に成り下がっていました。
 ・・・どうにか情報を手に入れたい。次に私はネットブックの電源を入れました。停電していてもバッテリーは充電されている為しばらくは使えそうです。近所には普段からセキュリティのかかっていない無線LANがいくつかあります。普段ならタダ乗りしようなんて考えは思い浮かびませんが、今はとにかく情報が欲しい・・・。 ところが、停電は宮城県全域で発生したらしく、もはやどこからも無線LANのシグナルは発されていませんでした。
もはやどこからも信号が発されていない
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 私はふとラジオの存在を思い出しました。最近では全く使わなくなってしまったラジオですが、その辺に転がっている古い電池があれば動くはず。そして、ラジオは見事に動き出しこれが震災の間の私の心の支えになったのです。
ラジオからは「栗原市で震度7、宮城県で震度6弱~6強」と伝える声が流れていました。

まさか断水するとは思っていなかった。

 水道が断水したのは地震から数時間後の事でした。私はこのとき初めて、私の周りで起きている事が実はとてつもなくヤバいのではないか、ということに気づいたのです。そして徐々に日は暮れ始め、私は闇の中で過ごす事になったのです。
私には備えがなかった・・・。
 私は昔から災害に関しては楽観的で「ま、どうにかなるさ」という甘い考えで生きてきた為、懐中電灯はおろそか何一つ備えがありませんでした。しかし今回ばかりはどうにもなりませんでした。
趣味で所持していた灯油ランプが唯一役に立った。
 実は私はアンティークな物を収集する癖があり、灯油ランプは普段から私の愛用品の一つでした。懐中電灯の備えさえなかった私を停電の間救ってくれたのはこの灯油ランプでした。灯油は少しだけ備蓄がありました。余震が来て転倒したら火災になるかもしれないと思いましたので、金属製の鍋の中に入れて使いました。
趣味で所持し
ていたランプ。灯油の量は少ないが意外と長持ちする。
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 とりあえずランプとラジオは使える。それだけ確認した後、無駄な体力をできるだけ使わない為に早めに寝る事にしました。普段は窓の外から差し込む街路灯の明かりも今日はありません。とにかく真っ暗でした。気が狂いそうなほど孤独でしたが、その孤独を救ってくれたのはラジオからの声でした。

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